Blog (Before- & Afterimages)

美のトポス、その限界と外部

『思想』に寄稿しました。書誌情報は次の通りです。
田中純「美のトポス、その限界と外部──W・メニングハウスの著作を手がかりに」、『思想』1123号(2017年11月号)、岩波書店、2017年、6〜27頁。
これは「いま、「美」とは?」というリレー連載の第一回目で、次回の執筆者は小林康夫さんです。
水族館劇場の雑誌fishbone特別編集号に寄稿しました。書誌情報は
田中純「黒い翁(サトゥルヌス)の子供たち──トリエンナーレを地底から撃つために」、2017年水族館劇場横浜寿町公演fishbone特別編集号、水族館劇場、2017年、13頁。
『UP』9月号に寄稿しました。連載「イメージの記憶」の第49回です。
書誌情報は 田中純「朔太郎の青──W・ベンヤミンを補助線として」、『UP』539号(2017年9月号)、東京大学出版会、2017年、47〜53頁。
拙著『歴史の地震計──アビ・ヴァールブルク『ムネモシュネ・アトラス』論』の刊行を記念し、本書を購入した5名(予定)の方にムネモシュネ・アトラス・カード(一式64枚、二分割して32枚ずつ収容できるボックス付き)を贈呈します。

※応募方法
1. 田中純のTwitterアカウント(@tanajun009)をフォローする。→当選の場合にダイレクトメッセージ(DM)を送信するためです。DMの設定を「すべてのユーザーからダイレクトメッセージを受信する」にしている場合にはフォローの必要はありません。
2. お手元の『歴史の地震計』および本書と「良き隣人の法則」(ヴァールブルク)でつながる書物2冊以上(つまり、『歴史の地震計』を含めて合計3冊以上)を一枚の写真に撮影する。たとえば書棚や机上に本を並べた写真など。
3. 写真、感想などのメッセージ、ハッシュタグ「#歴史の地震計」をツイート。

※応募期間
2017年8月20日(日)20:00〜9月22日(金)23:59 →締切日変更
第一次締切:9月22日(金)23:59(当初締切)→この締切までの応募者は何らかの形で優待します。
最終締切:9月29日(金)23:59

※注意点
・上記の条件を満たす応募の総数が予定個数を上回った場合、写真から読み取れる書物同士の「隣人関係」の魅力にもとづき(つまり、『歴史の地震計』との組み合わせの妙を基準として)、田中の独断で当選者を選びます。先着順ではありません(ただし、上記の第一次締切までの応募者は優待します)。
・応募は1つのアカウントにつき1回とします。同じアカウントから複数の投稿があった場合、最新の投稿のみを応募用投稿と見なします。
・当選者の方にはTwitterのダイレクトメッセージでご案内をお送りします。
・投稿はRTさせていただく場合があります。

※ムネモシュネ・アトラス・カードとは?
ムネモシュネ・アトラス・カードは、『ムネモシュネ・アトラス』最終ヴァージョンの63枚にジョーカーに当たる1枚を加えた64枚のパネル写真をトランプのサイズで印刷したものです(『ムネモシュネ・アトラス』の全体像に関する理解を深め、『歴史の地震計』の読書に資することを目的として、限定された関係者のみに無償で配付すべく田中が作成)。
・ボックスに入った状態
MACBox.jpg
・カードを引き出した状態
MACBoxCards.jpg
・『歴史の地震計』のダイアグラムの一部を再現したカードの配置
MACCards.jpg

書評を寄稿しました。書誌情報は次の通りです。
田中純「書評:ジョルジュ・ディディ=ユベルマン『受苦の時間の再モンタージュ』」、『図書新聞』3312号、2017年7月22日、10頁。
A2チラシ01HP用.jpg チラシPDF(15M)

シンポジウム:蜂起/野戦攻城2017@駒場──「出来事」(として)の知
日時:2017年7月29日(土)14時〜18時
場所:東京大学駒場キャンパス 18号館ホール

第1部 蜂起──The Humanities Are Rising Up(人文蹶起)
院生企画:G・ディディ=ユベルマン「蜂起(Soulèvements/Uprisings)」展を拡張する
 ・パフォーマンス「蜂起の風、あるいは残存するトラクト」
 ・パネル・プレゼンテーション

第2部 野戦攻城──藝能としての知
・桃山邑(水族館劇場)「藝能としての建築」
・田中純(東京大学)「(非)知の地震計たち」

総合討議 「出来事」(として)の知へ向けて 
・コメンテイター:桑田光平(東京大学)、森元庸介(東京大学)

【趣旨】
ジョルジュ・ディディ=ユベルマン企画による展覧会「蜂起(Soulèvements/Uprisings)」について考察してきた大学院ゼミ(表象文化論)の参加院生たちと担当教員(田中純)が、水族館劇場主宰・桃山邑氏をお迎えし、水族館劇場のモットーである「野戦攻城」、建築という藝能、藝能としての知、あるいは「出来事」(として)の表象文化論をめぐり、パフォーマンスやパネル展示を含むシンポジウムの場で縦横に論じる。

問い合わせ先:

主催:東京大学大学院・総合文化研究科・超域文化科学専攻・表象文化論コース
共催:
科学研究費・基盤研究(B)「文芸諸ジャンルにおけるリアリティ表現の比較に基づくリアリズム概念の総合的再検討」(研究代表者:田中純)
科学研究費・基盤研究(B)「「同時代性」の探究:思想史・芸術学・文化ポリティクスからの複合的アプローチ」(研究代表者:長木誠司)
2017年7月2日に行なわれた表象文化論学会大会・研究発表パネルのコメント用スライドのPDFを公開します。コメントの網羅的なレジュメではなく、長めの引用などの概観を与えるためのものです。




『UP』6月号に寄稿しました。連載「イメージの記憶」の第48回です。
書誌情報は 田中純「イメージを喰うサトゥルヌス──ヴァールブルクとゴヤ」、『UP』536号(2017年6月号)、東京大学出版会、2017年、47〜53頁。

『UP』に書評を寄稿しました。書誌情報は
田中純「「もう一度」という思考の身振りへ向けて──竹峰義和『〈救済〉のメーディウム──ベンヤミン、アドルノ、クルーゲ』書評」、『UP』535号(2017年5月号)、東京大学出版会、2017年、31〜35頁。

歴史の弾道=射線(Lines of Fire)

2017年4月21日、建築学会の機関誌『建築雑誌』の特集「建築は記念する」のために、 鈴木了二氏と小澤京子氏による公開対談「歴史のイマジナリーラインズ」が開かれた。内容としては対談者それぞれの著書『ユートピアへのシークエンス』(LIXIL出版)と『ユートピア都市の書法』(法政大学出版局、近刊)に関係している。会場でわたしは二人の話を聴きながら、「歴史のイマジナリーラインズ」と「ユートピアへのシークエンス」というフレーズに喚起されたみずからの想念をたどっていた。以下に記すのは、正確には対談の評でもなければ、書評でもない、そこで紡がれた覚束ない連想の独白めいた記録である。それは建築そのものにかかわると言うよりも、むしろ、建築という「世界モデル」を通して直感された「歴史モデル」をめぐるものとなろう。

修士修了生への言葉

表象文化論コースの学位授与式で読み上げた原稿です。
院生・卒業生の皆さんへのメッセージとして掲げておきます。

『UP』3月号に寄稿しました。連載「イメージの記憶」の第47回です。
書誌情報は 田中純「ネロ/ペルセウス──斬首された「自由」のイメージをめぐって」、『UP』533号(2017年3月号)、東京大学出版会、2017年、46〜52頁。

『みすず』読書アンケート特集

寄稿した回答は次の通り。

・Simon Critchley, On Bowie. London: Serpent's Tail, 2016. デヴィッド・ボウイの楽曲とみずからの人生との関わりを軸として、時代を追いながら、ごく短い章を連ねるかたちで思索的なエッセイが綴られている。英国の哲学者である著者とは生年月日がまったく同じせいか世代経験に似たところがあり、深い共感をもって読み進めた。
・山内志朗『感じるスコラ哲学──存在と神を味わった中世』(慶應義塾大学出版会) 霊的感覚と味覚、酩酊の哲学といったテーマがすこぶる面白い。味わいを通じて神を語る神秘主義が知らしめる、「制度としてのキリスト教」とは別物の、「情念と感覚が草むらにたむろする裏街道」。著者は「ワインは飲むことのできるスコラ哲学かもしれない」と言う。
・三橋修『〈コンチクショウ〉考──江戸の心性史』(日本エディタースクール出版部) 「畜生」という悪態語の成り立ちを江戸時代にたどり、「畜生」の性質を女性のセクシュアリティに見る社会通念を見出したのち、「子供」というカテゴリーの生成過程を衆道との関係で追跡してゆく。その果てに差別の問題まで視野に収めた名著。
・持田叙子『歌の子詩の子、折口信夫』(幻戯書房) 本書の最大の魅力は折口信夫という人物を、生活者としての息づかいや歌・詩を生み出す感性の原質に即して丁寧に描き出したところにある。著者が指摘するように、折口の〈古代〉が「いつの時代にも姿を変えて遍在」するものだとすれば、それは「ルネサンス」にほかならず、ヴァールブルク的な「古代の残存」という問題圏にも接続するだろう。
・御園生涼子『映画の声──戦後日本映画と私たち』(みすず書房) 四〇歳という若さで逝去した著者の遺稿集。大島渚論を筆頭とする映画論の数々は、尋常でない知的緊迫感と完成度を備えている。その繊細さと強度に、夫君である編者の「それ以外の書き方をすることもできなければ、執筆しないという選択肢もありえなかった」という述懐の意味を知るように思う。

以上。

謹賀新年

2017.jpg

『芸術新潮』2017年1月号の特集「デヴィッド・ボウイとアート」の記事に、ボウイが編集委員を務めた『モダン・ペインターズ』誌1996年夏号に、彼によるダミアン・ハーストのインタヴューが掲載されたという記述があり、まさにそのインタヴューをわたしが翻訳していたため、掲載誌から当該の部分をPDFにしました。かなり以前の訳文ですが、原文が手元になく、訳をチェックすることができないため、現時点での注釈はとくに加えません。

書誌情報は
デヴィッド・ボウイ「s(Now)──デヴィッド・ボウイがダミアン・ハーストに会い、生と死、そしてあらゆることについて思いに耽る」、田中純訳、『InterCommunication』No.19(第6巻第1号)、NTT出版、1997年、54〜58頁。

このテクストはたんにインタヴューにとどまるものではなく、ボウイ自身が書いた前書きをはじめとして、いささか抽象的ないしアイロニカルに遠回しな表現を取った難解な文章を含んでいます。歌詞のように読める部分もあります。とくにそうしたインタヴュー以外の箇所がきわめてわかりにくいかもしれないことは、あらかじめお断わりしておきます。

想い出す機会があったので、同人誌に書いたかなり昔の文章ですが、PDFで公開します。
田中純「悲劇のように──柄谷行人をめぐって」、『異存』創刊号、1989年、22〜26頁。

さすがに最後は若書きで気恥ずかしくなる文章ではあるものの、当時の認識としてそれなりにまとまってはいると思います。

「もぎ放されて海にただよう花のように」

『UP』に寄稿しました。書誌情報は
田中純「「もぎ放されて海にただよう花のように」──小林康夫『表象文化論講義 絵画の冒険』評」、『UP』531号(2017年1月号)、東京大学出版会、2017年、34〜38頁。

Futuristic Archaism or Archaic Futurism

論文集に寄稿しました。書誌情報は
Jun Tanaka: "Futuristic Archaism or Archaic Futurism: Gilbert Clavel's Vision of Time in Das Teleskop". In: MDRN (ed.): Time and Temporality in Literary Modernism (1900-1950). Leuven: Peeters, 2016, pp.285-296.
彰国社編『モダニスト再考[海外編]建築の20世紀はここから始まった』に寄稿しました(雑誌『建築文化』1999年5月号に掲載された論考の単行本化です)。書誌情報は
田中純「オットー・ヴァーグナー──装飾(フェティッシュ)と価値真空」(8〜21頁)、「ルドルフ・シュタイナー──神殿の世俗化」(22〜35頁)、「チャールズ・レニー・マッキントッシュ──マッキントッシュ神話とデザインの地政学」(50〜57頁)、「フレデリック・キースラー──棺としての無限住居(エンドレス・ハウス)」(252〜257頁)、彰国社編『モダニスト再考[海外編]建築の20世紀はここから始まった』、彰国社、2016年。

「歴史の地震計」のヘテロトピア

『UP』12月号に寄稿しました。連載「イメージの記憶」の第46回です。
書誌情報は 田中純「モンタージュ/パラタクシス(完)──「歴史の地震計」のヘテロトピア」、『UP』530号(2016年12月号)、東京大学出版会、2016年、38〜43頁。

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田中 純
東京大学大学院総合文化研究科・教授
TANAKA Jun, Ph.D.
Professor
The University of Tokyo

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